ヘルパーつらいしきついけど嫌いじゃない

在宅の知的障害者の日々のヘルパーとして思うこと。

2012年7月号

 

 さてさて、どうして最近こうもTクラブに気持ちが向かないのか。自分の時間を出来るだけTクラブに費やしたくないなぁとか、仕事の時間外でわざわざ当事者に会いたくないなぁと思ってしまうのです。そういう自分の気持ちに気付いたのは、ある時、Iさんから、ガイヘルをあまり使わない当事者とプライベートで遊ぶことを提案された時。その時めっちゃ素直に心の中で「自分の時間で?無理無理無理」と思ってしまったから。道ばたとかで見かけても距離があればあんまり声かけようと思わないしなぁ(まぁそれは相手によるけど)。そういうのも仕事の一環です、って割り切らないと多分私はやれないと思う。

 最近よく「関係性の中での支援」って言葉を聞くのだけど、それもあんまりピンと来ない。それは私がそういう関係性の中に入ってないからなのかなぁ。どうしてもその外側にいる感覚があるから、「関係性の中で支援なんて出来るの?みんなそんな優しいの?私は無理だよ」って思ってしまう。きっと「優しい」とかそういう問題じゃないんだろうけど。「あなただからやりますよ」ってことなのかな。私はそうやって自分の時間を無償で提供して支援しようと思える当事者はいないなぁ。仲良くなればそういう気持ちになるのかもしれないけど。

 ヘルパーの仕事は嫌いじゃない。だけど自分に疲れちゃうところはある。たまに、時間が無いとかそういう理由で「無理やり」起こしたり、「無理やり」食べさせたりしちゃう、言葉の出ない人に。そういう時ってけっこう自分がつらい気持ちになる。あぁ、これって「怒ってる私だってつらいのよ」っていう身勝手な感じと似てるのかな。そういうこと言われたら「じゃあ怒んなよ」って昔は思ってたのに。相手は自分の状況を私に説明出来なくてもっとつらいんだろうとも思うけど。だけど結局は、自分がつらいと感じることで、相手のつらい気持ちから目を背けて、自分の行動を正当化している感じがする。最終的にはよく分かんなくなって「だって仕方ないじゃん」と思う。逆にどうやっても相手に抗えない時がある。たとえ、自分の持ち物が傷つけられるような時でも。力の差的に止められないし、代替案もそんなとっさに考えられないし。そしてとりあえず自分を犠牲にしとく。その場しのぎだから、後で少しだけ後悔する。私はどうすれば良かったのかなぁとも思うけど、だいたいは「仕方ないのかな」で終わってしまう。

 なんだろなぁ、こういうモチベーションの上がらなさって別に給料の問題とかではないと思うんだよなぁ。たとえ上がったとしても義務感が強まるだけなんだろうなぁ。

ってこんなに赤裸裸に書いて良かったんだろうか、ここまで書いて一抹の不安。不満ばかり書いてしまったけど、あぁ楽しいなと思う瞬間もある。だけど楽しさは一瞬で不満はスッキリするまで長引くんだよな、すみません。

 

 少し前に、当事者の人と仕事でもなんでもなく初めて一緒にごはんを食べに行ったのですよ(二人きりじゃないけど)。その人は、以前介助に入ってて、ここ1年ぐらいは入ってない人なのですが、それぐらいの距離感ができて初めて、プライべートでごはんに誘うということができました。やっぱ、そんなもんだよなー。

 

そういえば最近、自分のつらさも、相手のつらさも、考えなくなった気がする、な。そこまで追い詰められる感覚はない。ちょっと開き直ってるのかもしれない。